横濱ディープ案内|ガイドブックに載らない横浜の穴場所四十二景|moco’s 星読み新聞

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横濱ディープ案内 ── 裏名所 四十二景 ──


赤レンガと中華街の、その先へ。黒澤映画が写した坂の街、牛鍋の湯気が百五十年のぼり続ける暖簾、闇市生まれの横丁、埠頭のすきまに残る漁村──ガイドブックが語らない横浜を、銀幕・老舗・横丁・美食・隠れ処の五章・四十二景に編みました。登録不要・無料でご覧いただけます。

この頁でわかること

第一章

銀幕と物語の横濱


横浜は、日本でいちばん「物語に撮られてきた街」かもしれません。名画の一場面、歌の一節、アニメの舞台──フィルムの中の横浜を、現実の街角に探しに行きましょう。

第一景

黒澤明『天国と地獄』の坂と街黄金町・山手の高台|京急 日ノ出町駅ほか

黄金町・山手映画ロケ地1963年公開

世界映画史に残る黒澤明の傑作『天国と地獄』(1963)は、横浜が主役の映画です。三船敏郎演じる富豪の邸宅は港を見下ろす高台に、誘拐犯の棲む猥雑な街は黄金町界隈に置かれ、「天国(丘の上)」と「地獄(下町)」の落差そのものが物語の装置になりました。実際に黄金町や伊勢佐木町周辺でロケが行われ、昭和38年の横浜の空気が焼き付いています。

日ノ出町駅から坂を上って野毛山公園の展望台へ。「丘の上から下町を見下ろす」構図を自分の目でなぞると、映画の恐ろしさが立体になります。

第二景

『あぶない刑事』の港町を疾走する本牧埠頭・赤レンガ・山下公園一帯

本牧・みなとみらいドラマロケ地1986年〜

タカとユージが駆け抜けた港町──1986年開始の『あぶない刑事』は、横浜の倉庫街・埠頭・海沿いの道をスクリーンに変え続けてきた国民的刑事ドラマです。本牧や山下公園、赤レンガ地区など、シリーズのカーチェイスや銃撃戦の舞台は今も現役の港湾風景。2024年の映画『帰ってきた あぶない刑事』でも、ふたりは変わらず横浜の街を走りました。

赤レンガパークから山下臨港線プロムナード(廃線跡の高架遊歩道)を歩くと、劇中そのままの「港の抜け感」が続きます。夕暮れどきが最高。

第三景

『コクリコ坂から』の旗の丘港の見える丘公園|元町・中華街駅 徒歩約8分

山手アニメの舞台眺望無料

スタジオジブリ『コクリコ坂から』(2011)が描いた1963年の横浜・山手。主人公の海が毎朝掲げる信号旗の風景にちなみ、港の見える丘公園にはUW旗(「安全な航海を祈る」)を掲げるポールが立てられています。眼下にベイブリッジと港、背後にはローズガーデン。アニメの時代と同じ潮風が、今もこの丘を吹き抜けます。

旗のポールはイギリス館側ではなく展望広場の一角に。船の汽笛が聞こえたら、海に向かって「ごきげんよう」を。春と秋はバラの香りつきです。

第四景

ゆずが歌いはじめた街角伊勢佐木町・旧横浜松坂屋前|関内駅 徒歩約5分

伊勢佐木町音楽の聖地

フォークデュオ・ゆずは、デビュー前の1996〜98年、伊勢佐木町の横浜松坂屋前の街頭で路上ライブを重ねて国民的存在へ駆け上がりました。松坂屋は2008年に閉店し、現在はカトレヤプラザ伊勢佐木に。ふたりが最後の路上ライブで数千人を集めた夜は、今も伊勢佐木町の語り草です。アーケードを歩けば、どの街角にもギターの残響が聞こえる気がします。

伊勢佐木町は「イセザキ・モール」として1〜7丁目まで続くロングアーケード。ゆかりの地を探しつつ、老舗書店・有隣堂本店(第二十景)まで歩き通すのが通の散歩です。

第五景

「伊勢佐木町ブルース」歌碑イセザキ・モール|関内駅 徒歩約5分

伊勢佐木町昭和歌謡歌碑

「あなた知ってる 港ヨコハマ──」。青江三奈が1968年に歌い、日本中にこの街の名を轟かせた『伊勢佐木町ブルース』。イセザキ・モールには歌碑が置かれ、ボタンを押すとあの艶っぽいメロディが流れ出す仕掛けになっています。ネオンと劇場の街として明治から栄えた伊勢佐木町の、最も華やかな記憶を呼び出すタイムマシンです。

歌碑のボタンは遠慮なくどうぞ。昭和歌謡好きなら、そのまま夜の野毛(第二十一景)へ流れてスナック文化の生き残りを味わうコースを。

第六景

美空ひばり、九歳の初舞台の地磯子区滝頭・杉田|市営バスまたは根岸駅

磯子昭和の歌姫下町

昭和の歌姫・美空ひばりは、磯子区滝頭の魚屋の長女として生まれました。1946年、九歳の少女が初めて舞台に立ったのが磯子・杉田の杉田劇場(現在は新・杉田劇場としてその名を継承)。天才の産声を聞いた下町は、今も市場と商店の暮らしが続く「もうひとつの横浜」です。近くの横浜市電保存館(第四十二景)と合わせて、昭和の磯子を歩けます。

滝頭は市電の車庫があった街。ひばりが育った時代の足・市電の実車に保存館で乗り込んでから街を歩くと、風景が昭和に反転します。

第七景

伝説の「ハマのメリーさん」の街角馬車道・関内界隈

馬車道・関内都市の記憶映画『ヨコハマメリー』

白塗りの化粧に純白のドレス──戦後から1995年まで、馬車道や関内の街角に立ち続けた女性「メリーさん」は、横浜の戦後史そのものを体現する伝説となりました。彼女の人生を街の人々の証言で辿るドキュメンタリー映画『ヨコハマメリー』(2006)は、横浜を知るための必見の一本。馬車道のガス灯の下に立つと、この街が抱えてきた光と影の深さに触れられます。

先に映画を観てから馬車道を歩くのが正解。彼女が通った界隈の喫茶やビルの佇まいに、フィルムの続きを見つけられます。

第八景

横浜三塔物語 ─ キング・クイーン・ジャック日本大通り一帯|日本大通り駅すぐ

関内・日本大通り都市伝説歴史建築

神奈川県庁「キングの塔」(1928)、横浜税関「クイーンの塔」(1934)、開港記念会館「ジャックの塔」(1917)。昭和初期、入港する外国船員がトランプになぞらえて呼んだ三つの塔には、「三塔を同時に望める場所を巡ると願いが叶う」という都市伝説「横浜三塔物語」が伝わります。公式のビュースポットは赤レンガパーク・大さん橋・日本大通りの三か所。ドラマの官庁シーンの定番ロケ地でもあり、建築好きにはたまらない一角です。

三か所のビュースポットには床にプレートが埋まっています。三つ全部を踏破してから大切な人に願い事の話をする──デートの筋書きとしても一級品。

第二章

百年の暖簾


開港の街は、日本の「はじめて」の宝庫。牛鍋、食パン、カツレツ──文明開化の味を生んだ店の多くが、いまも同じ場所で火を絶やしていません。暖簾の向こうは、おいしい博物館です。

第九景

太田なわのれん ─ 牛鍋、ここに始まる伊勢佐木町界隈|阪東橋・関内方面

伊勢佐木町界隈明治元年(1868)創業牛鍋

文明開化の象徴「牛鍋」の元祖と伝わる店。明治元年(1868)の創業以来、ぶつ切りの牛肉を味噌で煮込む往時のままの牛鍋を守り続けています。すき焼きへと洗練される前の、荒々しくも滋味深い「開化の味」。座敷に上がり鉄鍋を囲めば、ざんぎり頭の明治人と同じ湯気の中にいる心地がします。

初めてなら迷わず名物の味噌牛鍋を。すき焼きとの違いこそがこの店の歴史です。記念日の会食にも向く、ハレの老舗。

第十景

荒井屋 ─ 明治二十八年の牛鍋曙町|阪東橋駅・関内駅方面

曙町明治28年(1895)創業牛鍋

明治28年(1895)創業、横浜牛鍋文化のもう一方の雄。割下で仕立てる牛鍋は上品で艶やか、ランチの牛鍋膳や名物の牛まぶしは「老舗の敷居」をやさしくまたがせてくれます。横浜の牛鍋屋は牛鍋発祥の地・横浜の生き証人同士。太田なわのれんの味噌、荒井屋の割下と、食べ比べてこそ見える景色があります。

昼の牛鍋膳が入門に最適。夜は予約して、肉の格が上がるコースを。食後は歩いて横浜橋通商店街(第二十五景)の下町風情へ。

第十一景

勝烈庵 ─ 棟方志功が愛したカツレツ馬車道|関内駅 徒歩約3分

馬車道昭和2年(1927)創業洋食

昭和2年(1927)創業のかつれつ専門店。秘伝のソースをまとった「勝烈定食」は、馬車道の昼の顔です。この店をこよなく愛したのが板画家・棟方志功。店内には志功の作品が飾られ、包み紙や看板にもその書と画が息づきます。芸術家の胃袋と心をつかんだ味は、九十余年を経ても端正そのもの。

定食の御飯と味噌汁はおかわり自由の心意気(変更の場合あり)。食後は馬車道十番館(第十六景)で珈琲とビスカウトの黄金リレーを。

第十二景

センターグリル ─ 庶民のナポリタン、ここから野毛|桜木町駅 徒歩約5分

野毛昭和21年(1946)創業洋食

ナポリタン発祥はホテルニューグランド──それをケチャップ仕立ての庶民の味に翻訳し、街に広めた立役者がこの店です。昭和21年(1946)、ニューグランドの流れを汲む料理人が野毛に開いた洋食店は、以来80年、同じ味のナポリタンとオムライスを出し続けています。銀皿に山盛りの「浜ナポ」は、横浜の戦後復興の味そのもの。

注文は迷わず白いナポリタン皿の「スパゲティーイタリアン」。昔ながらの固めの麺に、粉チーズとタバスコをたっぷりが野毛流です。

第十三景

ウチキパン ─ 日本の食パンの源流元町|元町・中華街駅 徒歩約1分

元町明治21年(1888)創業ベーカリー

居留地の英国人ベーカリーで修業した打木彦太郎が、明治21年(1888)に暖簾を継いで開いた店。以来130年余り、ホップ種でゆっくり発酵させる山型食パン「イングランド」を焼き続けています。日本の食パン文化の源流のひとつとされる味は、トーストすると小麦の香りが立ちのぼる、飾らない傑作。元町の朝は、この店の焼き上がりの匂いから始まります。

「イングランド」は午前中に焼き上がり、夕方には売り切れることも。一斤買って、まずは何も塗らずに一枚。耳のうまさに驚きます。

第十四景

喜久家洋菓子舗 ─ ラムボールという横浜銘菓元町|元町・中華街駅 徒歩約2分

元町大正13年(1924)創業洋菓子

大正13年(1924)創業、元町の洋菓子の老舗。名物「ラムボール」は、ラム酒をきかせた生地をチョコレートで包んだ大人の銘菓で、横浜土産の「通の正解」として半世紀以上愛され続けています。外国人住民の舌を満足させてきた元町の菓子文化を、一粒で物語るお菓子です。

ラムボールは日持ちするので手土産に最適。喫茶室があいていれば、プリンアラモードの系譜を感じる昔ながらの洋菓子も座って味わえます。

第十五景

崎陽軒本店 ─ シウマイとひょうちゃんの総本山横浜駅東口 徒歩約1分

横浜駅明治41年(1908)創業シウマイ

明治41年(1908)、横浜駅構内の売店として創業。昭和3年(1928)に発売された「シウマイ」は、冷めてもおいしい駅弁のおかずとして横浜名物の座に就きました。昭和29年発売の「シウマイ弁当」は今や日本で最も売れる駅弁のひとつ。醤油入れの陶器人形「ひょうちゃん」は、漫画家・横山隆一が表情を描いたことに始まる小さな美術品で、コレクターを生み続けています。

本店1階ショップでは真空パックでない「できたてシウマイ」を。ひょうちゃんは季節・限定デザインがあり、弁当を開けるたびの「顔ガチャ」も通の愉しみです。

第十六景

馬車道十番館 ─ 明治の西洋館で珈琲を馬車道|関内駅 徒歩約4分

馬車道喫茶・西洋料理ビスカウト

ガス灯が最初に灯った街・馬車道に立つ煉瓦造りの西洋館。昭和42年(1967)、明治の建築様式を忠実に再現して建てられ、一階の喫茶室は「文明開化の応接間」と呼びたくなる気品です。名物は馬車をかたどった焼き印のビスケット菓子「ビスカウト」。レモン・ピーナツ・チョコのクリームを挟んだ姿は、百年前の舶来菓子の面影そのものです。

喫茶室の窓際でビスカウトと珈琲を。建物前には往時の牛馬の水飲み場が保存されています。見落とさずに。

第十七景

田中家 ─ 龍馬の妻おりょうが働いた料亭旧東海道・神奈川宿 台町|横浜駅西口 徒歩約10分

神奈川宿(台町)文久3年(1863)創業料亭

横浜駅からわずか徒歩10分の坂の上に、文久3年(1863)創業の料亭が現役で暖簾を掲げています。前身は歌川広重『東海道五十三次』の神奈川宿の絵に描かれた茶屋「さくらや」。そして明治のはじめ、ここで仲居として働いたのが坂本龍馬の妻・おりょうでした。英語が話せて月琴を弾くおりょうは、外国人客にも人気だったと伝わります。幕末がすぐそこにある一軒です。

要予約の会席が基本。ハードルが高ければ、台町の坂(旧東海道)を歩くだけでも宿場の名残が拾えます。広重の絵と見比べながらどうぞ。

第十八景

ジャズ喫茶ちぐさ ─ 日本のジャズの聖地野毛|桜木町駅 徒歩約5分

野毛昭和8年(1933)創業ジャズ喫茶

昭和8年(1933)創業、日本最古級のジャズ喫茶。創業者・吉田衛が集めたレコードを目当てに、戦後は秋吉敏子ら後の巨人たちが通い詰め、スピーカーの前で耳を鍛えました。一度は歴史を閉じかけましたが、街の人々の手で野毛に復活。大音量のヴィンテージサウンドに身を沈める「音楽を聴くためだけの時間」は、サブスク時代にこそ贅沢です。

おしゃべりは控えめに、一杯の珈琲でA面一枚ぶん聴き込むのが流儀。リクエストできる時間帯もあります。夜は野毛の酒場へ続くのが黄金コース。

第十九景

コーヒーの大学院 ─ シャンデリア輝く純喫茶の殿堂伊勢佐木町|伊勢佐木長者町駅 徒歩約3分

伊勢佐木町昭和49年(1974)創業純喫茶

正式名称「珈琲専門店 コーヒーの大学院 ルミエール・ド・パリ」。その名に恥じぬシャンデリアと金彩の大広間が広がる、日本屈指の豪華喫茶です。「大学よりも上」を目指して名付けられたという屋号、クリームが山と盛られたウインナーコーヒー、昭和のまま時が止まった制服のサービス──すべてが様式美。純喫茶巡りの最終目的地と呼ばれる理由が、扉を開けた瞬間にわかります。

名物のウインナー珈琲とホットケーキ系の甘味を。広間の奥の席から振り返って眺める店内が、いちばん「大学院」です。

第二十景

有隣堂 伊勢佐木町本店 ─ 本の街の灯台伊勢佐木町|関内駅 徒歩約5分

伊勢佐木町明治42年(1909)創業書店

明治42年(1909)創業、横浜の読書文化を百年以上支えてきた老舗書店の本店。関東大震災も戦災も乗り越え、伊勢佐木町の同じ地で本を売り続けてきました。近年はYouTube「有隣堂しか知らない世界」で全国区の人気者に。文具と本の売り場を巡るだけで横浜の知の歴史に触れられる、街の灯台のような存在です。

ご当地・横浜本と文具のコーナーは手土産探しの穴場。この名鑑のようなディープな横浜案内の「原典」たちにも出会えます。

第三章

路地と横丁


みなとみらいの光の裏に、闇市生まれの横丁、高架下のアート街、都会に取り残された漁村が息づいています。横浜の体温がいちばん高いのは、こういう場所です。

第二十一景

野毛と都橋商店街 ─ 六百軒の夜の迷宮野毛町|桜木町駅 徒歩約3分

野毛飲み屋街登録有形文化財

戦後の闇市から育った横浜随一の飲み屋街。路地に約600軒の酒場がひしめき、老舗の酒亭からワインバー、ジャズバーまで一晩では回りきれません。大岡川沿いに弓なりに湾曲する二階建ての都橋商店街ビルは、1964年の東京五輪を前に露店を収容した建物で、国の登録有形文化財。小さな灯りが川面に連なる眺めは、横浜の夜のもうひとつの絶景です。

一軒目は早い時間の老舗で腹ごしらえ、二軒目から都橋の小箱へ。春の「野毛大道芸」の日は街全体が劇場になります。

第二十二景

黄金町 ─ 高架下に生まれ変わったアートの街京急 黄金町駅〜日ノ出町駅 高架下

黄金町アート街の再生

かつて歓楽の色濃い一角だった京急高架下は、2000年代の浄化と再生の取り組みを経て、小さなスタジオやギャラリーが連なるアートの街に生まれ変わりました。2008年から続くアートフェス「黄金町バザール」の時期には、高架下一帯が作品で満たされます。『天国と地獄』(第一景)が写した時代から現在までの変遷そのものが、この街の見どころです。

大岡川沿いを日ノ出町から黄金町へ、川と高架下を縫って歩くのが基本コース。春は川面を桜が覆う、知る人ぞ知る花見の名所でもあります。

第二十三景

六角橋商店街 ─ 闇市の路地がそのまま残る街白楽|東急東横線 白楽駅 徒歩約2分

白楽レトロ商店街夜のフリマ

東横線・白楽駅前から続く、昭和がまるごと保存されたような商店街。大通りと並行して走る幅2メートルほどの仲見世通りは戦後の闇市の面影を色濃く残し、軒先がつながる薄暗いアーケードに個人商店がぎっしり。ドラマや映画のロケ地としても引っ張りだこです。春〜秋の第3土曜夜に開かれる名物フリーマーケット「ドッキリヤミ市場」は、夜の商店街が宝探しの会場になる祭典。

昼は仲見世の食べ歩き、夜はヤミ市場(開催日は公式発表を確認)を狙うのが二度おいしい歩き方。神奈川大学の学生街ゆえ、安うま店の密度も横浜屈指です。

第二十四景

洪福寺松原商店街 ─ 「ハマのアメ横」の売り声天王町|相鉄線 天王町駅 徒歩約5分

天王町安売り商店街下町

「安さ日本一」を掲げる昔気質の安売り商店街で、通称「ハマのアメ横」。鮮魚店の店頭にマグロの柵がずらりと並び、八百屋の山積みの野菜が飛ぶように売れていく様は、年の瀬のアメ横さながらの熱気です。観光地化されていない「横浜の台所」のリアルがここにあります。

狙い目は夕方の値引き合戦と年末の歳末売り出し。保冷バッグ持参が通の装備です。旧東海道・保土ケ谷宿の散歩と組み合わせても。

第二十五景

横浜橋通商店街 ─ 歌丸師匠が愛した下町阪東橋|市営地下鉄 阪東橋駅 徒歩約3分

阪東橋下町アーケード多国籍

落語家・桂歌丸師匠が生涯地元として愛し、名誉顧問も務めたアーケード商店街。惣菜屋と鮮魚店の呼び声に、キムチや韓国食材、アジアの香辛料の匂いが混ざり合う多国籍な下町の活気が魅力です。酉の市(11月)には隣接する金刀比羅大鷲神社の熊手市で身動きが取れないほどの人出に。

食べ歩きなら惣菜と蒸しパン系のおやつを少しずつ。11月の酉の市の夜は、横浜で最も「江戸」が残る時間です。

第二十六景

子安浜 ─ 都会の只中に残る漁村子安|京急 子安駅・新子安駅 徒歩約5分

子安漁村風景異世界

第一京浜と京浜工業地帯に挟まれた運河沿いに、木造の船宿と小さな漁船がひしめく漁村の風景が奇跡のように残っています。江戸前の漁で栄えた子安浜の名残で、今も現役の漁師が穴子漁などを続ける「生きた漁村」。すぐ背後を高速道路が走る時空の歪みのような景観は、写真好き・散歩好きの間で静かに語り継がれてきました。

路地は生活の場。挨拶と節度を忘れずに、朝夕の光の時間に静かに歩くのが流儀です。アニメや映画の舞台のモデルと噂される風景を探すのも一興。

第二十七景

鶴見・仲通りの「リトル沖縄」鶴見区仲通|JR鶴見駅からバスまたは徒歩約15分

鶴見沖縄文化移民の歴史

大正から昭和にかけ、京浜工業地帯の仕事を求めて移り住んだ沖縄出身者たちが築いた街。仲通り界隈には沖縄食材の物産店や食堂が今も集まり、「リトル沖縄」と呼ばれます。南米へ渡った沖縄系移民の子孫も多く暮らし、沖縄そばとブラジル料理が同じ通りに並ぶ光景は横浜の多文化史の縮図。ソーキそばをすすれば、工業地帯の一角に海洋の風が吹きます。

物産店でサーターアンダギーと島豆腐を買い、食堂でそばを一杯が基本形。エイサーが響く祭りの日(開催時期は要確認)に当たれば大当たりです。

第二十八景

本牧 ─ アメリカと祭りが同居する街本牧|桜木町駅・元町からバス

本牧音楽の街戦後史

戦後、広大な住宅地が米軍に接収され、フェンスの向こうに「アメリカ」があった街・本牧。その文化的混血から、伝説のGSバンドザ・ゴールデン・カップスが生まれ、ゆかりのライブレストラン「ゴールデンカップ」が今も音を鳴らします。クレイジーケンバンド・横山剣の歌世界の故郷でもあり、一方で本牧神社には約450年続く神事「お馬流し」が伝わる──新旧と和洋が混ざり合う、横浜の深部です。

昭和のアメリカを感じる店々と三溪園(第三十四景)を一日で巡ると、本牧の二重らせん構造が体感できます。移動はバス利用が賢い。

第四章

通の美食


行列のできる有名店の、さらに奥。地元の胃袋が半世紀支持し続ける「裏の名店」たちへ。メニュー名を覚えて行くだけで、あなたも今日から常連の顔ができます。

第二十九景

第一亭 ─ チートとパタンの暗号日ノ出町|京急 日ノ出町駅 徒歩約1分

日ノ出町台湾料理裏メニュー

昭和35年(1960)頃から日ノ出町で愛される台湾家庭料理の名店。名物は豚の胃を生姜で炒めた「チート」と、常連の合言葉で頼む裏メニュー「パタン」──茹で麺をニンニクと油で和えただけの、しかし一度食べたら忘れられない一皿です。作家や音楽家にもファンが多く、「横浜のディープグルメ」を語るとき必ず名が挙がる殿堂。

初訪問でも「チートとパタン」と注文すれば一人前。ニンニクは強烈なので、翌日の予定だけはご計画的に。

第三十景

福田フライ ─ 路上に香る串フライの煙野毛|桜木町駅 徒歩約4分

野毛立ち飲み串フライ

野毛の路地で揚げ続けられる串フライの立ち飲みスタンド。ソースの壺にくぐらせた熱々の串を頬張り、瓶ビールで流し込む──それだけのことが、なぜこんなに幸福なのか。戦後野毛の「安くて早くてうまい」文化の生き残りとして、はしご酒の一軒目に組み込む常連が後を絶ちません。

混む前の夕方早めが狙い目。数本だけ素早く食べて次の店へ渡るのが野毛の正しい回遊です。

第三十一景

奇珍楼 ─ 山盛りメンマの「たけのこそば」麦田町|石川町駅から徒歩約12分・バス可

麦田(山手)大正創業町中華の聖地

山手のトンネル際に暖簾を掲げる大正創業の中華の老舗。名物「たけのこそば」は、自家製の柔らかな味付メンマが麺を覆い尽くす唯一無二の一杯で、遠方からこれだけを目当てに通うファンを持ちます。中華街の喧騒から離れた住宅街で、地元の家族連れに交じってすする昼こそ、横浜中華の本当の日常です。

たけのこ(メンマ)はお土産用の持ち帰りも人気。売り切れ仕舞いの日もあるので早めの時間に。

第三十二景

海員閣 ─ 中華街、通の最終回答横浜中華街|元町・中華街駅 徒歩約5分

中華街昭和初期創業広東料理

豪華絢爛な大店がひしめく中華街の路地裏で、昭和初期から続く小さな食堂。船員たちの胃袋を満たしてきた歴史をその名に刻みます。名物は手作りのシウマイと、とろとろに煮込んだ牛バラ肉ごはん・牛バラそば。「中華街で一軒だけ選べ」と地元の食通に問えば、今もこの名が返ってくる確率の高い、路地裏の殿堂です。

行列と売り切れは覚悟の上で、開店前到着が基本戦術。少人数で、注文は名物に絞るのが満足への近道です。

第三十三景

山東 ─ ココナッツだれの水餃子横浜中華街|石川町駅 徒歩約5分

中華街山東料理水餃子

中華街で「水餃子」と言えばこの店。もちもちの厚い皮に包まれた熱々の水餃子を、ココナッツ風味の白い特製だれでいただく独創の味は、初めての人を必ず驚かせ、二度目から癖にさせます。観光コースの北京ダックやフカヒレとは別の路線で、中華街の「食堂文化」の底力を教えてくれる一軒です。

水餃子は一人前でもずっしり。炒め物を一品と水餃子、が黄金比です。たれは売店で買って帰れます。

第三十四景

三溪園 ─ 生糸王が遺した古建築の森本牧|根岸駅・桜木町駅からバス

本牧日本庭園明治39年(1906)公開

生糸貿易で財を成した実業家・原三溪が築き、明治39年(1906)から市民に開いた約17万5千平方メートルの庭園。京都や鎌倉から移築された三重塔や合掌造りなど歴史的建築が園内に点在し、四季の花と水面に溶け合う景色は「横浜で京都に出会う」と評されます。三溪は若き芸術家たちの支援者でもあり、この庭自体がひとつの文化運動の遺産です。

観桜・観月・紅葉の季節限定ライトアップが毎年の楽しみ。あえて平日の朝一番、無人の苑路を歩く贅沢も知ってほしい。本章に置いたのは、園内の茶店の団子と抹茶まで含めて「美食」だからです。

第五章

ふたりの隠れ処


観覧車の下は、いつも混んでいる。だから通は、廃競馬場の丘へ、浄土の庭へ、海の上の遊歩道へ。人の少ない場所にこそ、忘れられない時間は流れます。

第三十五景

根岸森林公園と旧根岸競馬場一等馬見所根岸|根岸駅・山手駅から徒歩またはバス

根岸近代遺産芝生の丘

慶応2年(1866)、日本初の本格的洋式競馬場として開かれた根岸競馬場の跡地。広大な芝生の丘の縁に、J.H.モーガン設計の一等馬見所(1930)が蔦をまとって屹立しています。三本の塔が並ぶ威容は「日本で最も美しい近代廃墟」と呼びたくなるほどで、夕陽に染まる姿は息をのむ迫力。丘に寝転べば、ここが競走馬の駆けた馬場だったことが、風の流れでわかります。

レジャーシートと珈琲を持って夕方に。馬見所は外観見学のみですが、それで十分に雄弁です。桜の季節は横浜屈指の花見の丘になります。

第三十六景

称名寺 ─ 鎌倉より静かな浄土の庭金沢文庫|京急 金沢文庫駅 徒歩約12分

金沢文庫浄土式庭園鎌倉時代

鎌倉幕府の重鎮・北条実時が建立した金沢北条氏の菩提寺。阿字ヶ池に朱塗りの反橋と平橋が架かる浄土式庭園は、鎌倉中心部の喧騒が嘘のような静けさです。実時が集めた書物を伝える金沢文庫は日本屈指の古さを誇る武家の文庫で、隣接の県立金沢文庫(博物館)が国宝級の文化財を守ります。横浜市内で鎌倉時代に没入できる、知る人ぞ知る聖域。

桜と紅葉の橋の写真は定番ながら、おすすめは雨上がり。人がいない池面に朱橋が映る一瞬は、ふたりだけの浄土です。裏山の称名寺市民の森から八景の海も望めます。

第三十七景

山手西洋館めぐり ─ 七つの洋館、入場無料山手|石川町駅・元町・中華街駅

山手西洋館入場無料

外交官の家、ブラフ18番館、ベーリック・ホール、エリスマン邸、山手234番館、横浜市イギリス館、山手111番館──丘の上に点在する七つの西洋館は、なんとすべて入場無料で公開されています。季節ごとの飾り付け、特に各館が世界の国々のクリスマスを再現する12月の「世界のクリスマス」は、横浜の冬の最も美しい風物詩。山手のブリキのおもちゃ博物館や外国人墓地と合わせれば、半日で欧州を旅した気分になれます。

空いている平日午前に、外交官の家(山手イタリア山庭園)から元町へ下る順路が歩きやすい。各館の貸切婚礼やコンサートの日程だけ事前確認を。

第三十八景

打越橋 ─ 赤いアーチの向こうの夕陽打越・山手|石川町駅 徒歩約10分

山手・打越震災復興橋夕景

関東大震災の復興事業で昭和3年(1928)に架けられた、谷をまたぐ真紅のアーチ橋。切通しの上空に弧を描く姿は彫刻のように美しく、橋上からは根岸方面へ落ちる夕陽と街並みが一望できます。観光地図にはまず載らない、地元と散歩好きだけが知る絶景ポイント。坂と崖の多い横浜の地形が生んだ「土木の名作」です。

夕暮れの30分前に到着を。橋を渡った先の山手の路地には猫が多く、気ままな案内人がつくこともあります。

第三十九景

伊勢山皇大神宮 ─ 関東のお伊勢さま紅葉坂上|桜木町駅 徒歩約10分

桜木町・紅葉坂横浜総鎮守明治3年(1870)創建

明治3年(1870)、開港で西洋文化が流れ込む横浜の精神的支柱として丘の上に祀られた横浜の総鎮守。「関東のお伊勢さま」と呼ばれ、七五三や初詣はもちろん、みなとみらいの高層群を借景に挙げる神前結婚式でも知られます。ランドマークタワーを見下ろす鳥居──和と未来都市が一枚に収まる構図は、横浜でしか撮れません。

桜木町駅から紅葉坂をゆっくり上って参拝し、野毛山公園の展望台(無料)まで足を延ばすのが散歩の定石。帰り道は野毛で乾杯を。

第四十景

象の鼻パーク ─ 開港の原点でソフトクリームを象の鼻|日本大通り駅 徒歩約3分

関内・海沿い開港の地夕景

1859年の開港時に築かれた波止場を原点とし、象の鼻のように湾曲した防波堤から名が付いた公園。ここは「横浜港発祥の地」そのものです。芝生の向こうに大さん橋と赤レンガ、振り返れば三塔。併設の象の鼻テラスでは象の形の「ゾウノハナソフトクリーム」が待っています。歴史の重みと肩の力の抜け方が絶妙な、玄人好みの海辺です。

大型客船の入港日に合わせて行くと、防波堤越しに巨船を間近に見送れます。夜は旧税関事務所遺構のライトアップも。

第四十一景

大さん橋「くじらのせなか」とシーバスの航路大さん橋|日本大通り駅 徒歩約7分

大さん橋夜景の特等席海上バス

国際コンペで選ばれた曲面のウッドデッキが海へうねる大さん橋国際客船ターミナル、通称「くじらのせなか」。みなとみらいの全景・ベイブリッジ・三塔をぐるり360度見渡せる、横浜夜景の決定版です。そしてもう一つの通の技が、横浜駅東口と山下公園を結ぶ海上バス「シーバス」。海の上から眺める街は、陸からの横浜とは別の顔をしています。

シーバスで山下公園に上陸し、歩いて大さん橋へ上がり、夜景を見てから日本大通りを帰る──これが「海から入る横浜」のフルコースです。

第四十二景

横浜市電保存館 ─ ちんちん電車の眠る車庫磯子区滝頭|根岸駅からバス約7分

磯子・滝頭鉄道遺産昭和レトロ

明治から昭和47年(1972)まで横浜の街を走った路面電車「市電」の実車を、かつての車庫の地・滝頭で保存する博物館。木の床と円いつり革の車両に実際に乗り込める展示は、昭和の横浜への片道切符です。美空ひばり(第六景)が育った下町の暮らしを運んだのも、この電車たち。市電が消えた日、横浜の道路は今の姿になりました。

館内の運転シミュレーターと市電の走る鉄道模型は大人こそ夢中になります。帰りは滝頭の銭湯や商店で、昭和の続きをもう少し。

MODEL COURSES

半日で巡る、三つの道行き


夜歩きの道 ─ 歌と酒場の関内・野毛

所要 約4時間|夕方発

  1. 伊勢佐木町ブルース歌碑(第五景)でボタンを押して開幕
  2. コーヒーの大学院(第十九景)でウインナー珈琲
  3. 有隣堂本店(第二十景)で横浜本を一冊
  4. 福田フライ(第三十景)で串と瓶ビール
  5. ジャズ喫茶ちぐさ(第十八景)でA面一枚
  6. 都橋商店街(第二十一景)の小箱で締めの一杯

はしご前提のコースです。お酒は適量で、川沿いの夜風を味わって。

丘の道 ─ 物語と洋館の山手・元町

所要 約5時間|午前発

  1. ウチキパン(第十三景)で「イングランド」を確保
  2. 山手西洋館めぐり(第三十七景)を外交官の家から
  3. 打越橋(第三十八景)へ寄り道して絶景を
  4. 港の見える丘公園でUW旗に挨拶(第三景)
  5. 喜久家のラムボール(第十四景)を土産に
  6. 夕暮れの象の鼻パーク(第四十景)で海に出て終幕

坂道が多いので歩きやすい靴で。12月は「世界のクリスマス」開催中が狙い目。

下町の道 ─ 市場と暖簾の南横浜

所要 約5時間|昼前発

  1. 横浜橋通商店街(第二十五景)で下町の昼を仕入れ
  2. 太田なわのれんか荒井屋(第九・十景)で牛鍋の昼膳
  3. 黄金町の高架下アート(第二十二景)を川沿いに
  4. 第一亭(第二十九景)で早めの「チートとパタン」
  5. 市電保存館(第四十二景)で昭和の車内へ
  6. 根岸森林公園(第三十五景)の夕陽で納め

阪東橋→日ノ出町→根岸と南下する流れ。食の配分は腹八分で。

Q & A

よくある質問


横浜のディープスポット巡りは、どこを起点にすると効率的ですか?

夜の横丁と老舗グルメなら桜木町駅(野毛・伊勢佐木町方面)、洋館と物語の舞台なら石川町駅・元町・中華街駅(山手方面)、下町商店街なら阪東橋駅が起点になります。本頁の「半日で巡る、三つの道行き」に、所要時間つきのモデルコースをまとめています。

横浜が舞台の映画・ドラマで特に有名な作品は何ですか?

黒澤明『天国と地獄』(1963)は横浜の高台と下町が物語の核で、黄金町界隈などでロケが行われました。刑事ドラマ『あぶない刑事』シリーズは本牧や赤レンガ地区など横浜全域が舞台です。スタジオジブリ『コクリコ坂から』は1963年の山手が舞台で、港の見える丘公園にゆかりのUW旗が掲げられています。

横浜三塔物語とは何ですか?

神奈川県庁「キングの塔」、横浜税関「クイーンの塔」、横浜市開港記念会館「ジャックの塔」の三つの歴史建築を同時に望める場所(赤レンガパーク・大さん橋・日本大通りの三か所)をすべて巡ると願いが叶う、という横浜の都市伝説です。各ビュースポットには床にプレートが設置されています。

横浜の老舗グルメで、まず行くべき店はどこですか?

牛鍋発祥の地・横浜を体感するなら明治元年創業の太田なわのれん(味噌仕立て)か明治28年創業の荒井屋(割下仕立て)。洋食なら昭和2年創業・馬車道の勝烈庵、ナポリタンを広めた野毛のセンターグリル。パンなら明治21年創業・元町のウチキパンの食パン「イングランド」が定番です。

混雑を避けられる横浜のデートスポットはありますか?

旧根岸競馬場一等馬見所が残る根岸森林公園、鎌倉時代の浄土庭園が静かな金沢文庫・称名寺、赤いアーチ橋の打越橋、入場無料の山手西洋館めぐりなどは、観光の中心部より格段に落ち着いています。夜景なら大さん橋「くじらのせなか」が広くて混雑に強い名所です。

六角橋商店街の「ドッキリヤミ市場」はいつ開催されますか?

例年おおむね春から秋にかけての第3土曜日の夜に開催されてきた、六角橋商店街仲見世の夜のフリーマーケットです。開催日・時間は変わることがあるため、お出かけ前に商店街の公式発表をご確認ください。

無料で楽しめるディープスポットはどこですか?

山手西洋館(7館すべて入場無料)、港の見える丘公園、根岸森林公園、象の鼻パーク、大さん橋のデッキ、各商店街の散策は無料です。三溪園や横浜市電保存館などは有料ですが、満足度に対して良心的な料金です。

子安浜や商店街を訪ねるときの注意はありますか?

子安浜の路地や各商店街は観光地である前に生活の場です。私有地や船に立ち入らない、住人の方への挨拶を忘れない、写真撮影は配慮のうえで、といった節度が「通」の条件です。夜の飲み屋街でも、小さな店ほど一見の作法(大人数で押しかけないなど)を大切に。

開港からおよそ百七十年。横浜という街の魅力は、観覧車のきらめきの奥に幾層にも折りたたまれています。闇市の路地が商店街になり、色街がアートの街になり、競馬場の丘が芝生の公園になる──変わり続けながら、何かを必ず残していく。それがこの港町の流儀です。四十二の景色のどれかが、あなたの「自分だけの横浜」になりますように。

── moco's 星読み新聞

路地に流れていた、横浜の歌

ここで挙げた街は、そのまま歌詞に登場してきた場所でもあります。歩く前に聞いておくと、路地の見え方が変わります。

伊勢佐木町を歩くなら青江三奈「伊勢佐木町ブルース」、野毛の横丁で一杯やるなら藤竜也「ヨコハマ・ホンキィ・トンキィ・ブルース」。港の銀蝨を思えばT.C.R横浜銀蝨R.S、桜木町の夜明けには山崎まさよし「One more time, One more chance」が重なります。

再生リストは横浜(Elegance City)、そのほかのカバーはYouTubeチャンネルでご覧いただけます。

【ご利用にあたって】本頁の情報は2026年11月時点の編集部調べです。各店舗・施設の営業日時、料金、イベント開催日(ドッキリヤミ市場、三溪園ライトアップ、酉の市など)は変更される場合があります。お出かけ前に各公式情報をご確認ください。生活の場である路地・商店街・漁村の見学は、住民の方々への配慮とマナーを最優先に。掲載の名称は各店舗・施設・権利者に帰属します。