梅花易数・タロット・数秘術・奇門遁甲で読む
私は今回、このニュースを前にして、まず一つの卦を立ててみました。すると、あまりにも主題を言い当てた卦が出て、思わず背筋が伸びたのです。
出たのは、「井(せい)」。井戸の卦でした。
野球振興くじとは、要するに、新しい井戸を掘ろうという話です。次世代の野球のために、財源という名の水を、どこか新しい場所から汲み上げたい。だからこそ、井戸の卦が出たことに、私はしばらく手が止まりました。
井戸は、掘り方を誤れば、濁った水しか出てきません。今日は、この井戸を掘るべきかどうかを、四つの占術で、様々な角度から冷静に見てまいります。
何が起きたのか
二〇二六年七月十六日、プロ野球のオーナー会議が都内で開かれ、スポーツ振興くじ、いわゆる野球くじの導入が議論されました。八球団のオーナーらが出席し、議長を務めたDeNAの南場智子オーナーは、検討を了承したと述べ、実施に向けた課題を整理していく考えを示しました。
日本野球機構の中村勝彦事務局長は、次世代につながる野球組織の財源確保が喫緊の課題だとして、スポーツくじの枠組みを検討してはどうかと、議論に挙がった背景を語りました。そして、報道によれば、この構想は「非予想系を前提」とし、今後は法整備を含めて関係各所と調整を進めていくとされています。
「公明正大かつクリーンな仕組み」。この言葉が、構想全体のキーワードになっています。
けれど、この言葉がわざわざ強調されること自体に、この問題の難しさが表れています。人は、汚れる心配のないものに「クリーン」とは言いません。クリーンと言わねばならないほど、そこには影が予感されている、ということです。
まず、「くじ」の仕組みを整理する
議論の前提を、事実で押さえておきましょう。
日本のスポーツくじ、totoやBIGは、独立行政法人日本スポーツ振興センター、JSCが運営しています。大きく二種類あります。
一つは「予想系」。購入者が自分で試合結果を予想するタイプで、totoがこれにあたります。
もう一つは「非予想系」。コンピューターがランダムに結果を選ぶタイプで、BIGがこれです。購入者は予想しません。ただ口数を買うだけです。
今回の野球くじが「非予想系を前提」とするのは、極めて重要な意味を持ちます。予想系は、買った人が特定の試合の勝敗に自分の意思で賭けることになります。これは、八百長や、選手への誹謗中傷を招きやすい。非予想系なら、購入者の意思は結果に向かわないので、そのリスクを構造的に下げられるのです。
出発点から慎重に設計されている。この点は、正当に評価すべきだと思います。
そして、収益の使い道です。スポーツくじの収益は、当せん金や経費、国庫納付分を除いた上で、その多くがスポーツ振興の助成にあてられます。ここに、後で触れる大きな論点が潜んでいます。
梅花易数で読む|「井」という卦が出た
冒頭で申し上げた卦を、詳しくご説明します。
オーナー会議が開かれた七月十六日、その日と時刻から梅花易数で卦を立てました。丙午の年の支の数に、月と日を足して上卦を求めると、坎(水)。さらに時刻を加えて下卦を求めると、巽(風、木)。
上が水、下が木。この組み合わせが表す卦は、水風井(すいふうせい)、すなわち「井」の卦です。
井戸の卦です。
井の卦が説くのは、こういうことです。井戸というものは、町が移り変わっても、そこに在り続ける。人々は入れ替わっても、井戸だけは変わらず、誰にでも等しく水を与える。だから井は、公共性の象徴なのです。個人の富ではなく、みんなが汲みにくる、共有の恵み。
「次世代の野球振興のため」という、この構想の建前と、井の卦は完全に一致しています。私物化された富ではなく、公共の井戸を掘る、という話なのですから。
ところが、です。
この卦で動いたのは、初爻でした。井の初爻の言葉は、こうです。
「井泥不食(せいでいふしょく)」。
意味は、井戸の底に泥がたまっていて、その水は飲めない、というものです。
井の卦は、掘る場所や掘り方を誤れば、あるいは古い井戸を浚(さら)わずに使えば、濁った水しか出てこないことを、はっきり警告しています。動いたのがよりによって、この「泥で濁って飲めない」という初爻でした。
そして、初爻が動いたあとに現れる之卦(変化後の卦)は、坎為水(かんいすい)。水が上下に重なる卦です。坎は、水であると同時に、「険(けん)」、すなわち落とし穴や危険を意味します。それが二つ重なる。二重の危険、という卦です。
まとめると、こうなります。公共の井戸を掘ろうとしている。志は正しい。けれど、掘り方を誤れば泥水しか出ず、その先には二重の危険が待っている。
占術は、この構想を頭から否定していません。井戸を掘ること自体は、公共のための正しい行いだと認めています。ただ、掘り方次第だ、と厳しく釘を刺しているのです。
数秘術で読む|繰り返す「7」の年
日付を数秘術で見ると、静かな符合がありました。
日本のスポーツくじ、totoが全国販売を始めたのは、二〇〇一年三月。この年を数秘に還元すると、「7」です。
そして、日本の野球界が決して忘れてはならない、あの「黒い霧事件」。八百長と野球賭博が球界を揺るがし、複数の選手が永久追放された、あの事件が明るみに出た一九六九年。この年も、数秘に還元すると「7」でした。
数秘術で「7」は、探究と真理の数であると同時に、試練と内省の数でもあります。信仰が試される数。安易に進めば足をすくわれ、深く省みる者だけが真理に至る、という数です。
くじが世に出た年と、賭博が球界を焼いた年が、同じ「7」を持っている。これは偶然です。偶然ですが、示唆的な偶然です。くじという営みは、その出発から、「7」という試練の性質を帯びていたのかもしれません。
一方、今回のオーナー会議が開かれた七月十六日は、数秘に還元すると「6」でした。「6」は、責任と奉仕、そして調和と保護の数です。誰かを守るために引き受ける責任、という色合いを持つ数です。
試練の「7」の歴史を背負いながら、いま球界は、責任の「6」の日に、この議論を始めた。数字の並びだけを見れば、覚悟を問われる位置に立っている、と読めます。
タロットで読む|光と、影と、行方
この政策の三つの側面、期待される「光」、警戒すべき「影」、そして「行方」に、それぞれ大アルカナを引きました。
光(期待される財源と振興)……隠者(IX)
期待の側に出たのが、隠者でした。
隠者は、灯りを掲げて、暗い道を一人で歩む老人です。このカードが照らすのは、自分の足元ではなく、後から来る者の道です。
「次世代のために」という、この構想の理念そのものが、隠者のカードでした。今の自分たちのためではなく、まだ来ぬ未来の球児たちのために、灯りを掲げる。理念は、確かに美しい。隠者は、その美しさを保証しています。
ただし隠者は、「孤独」と「地味さ」のカードでもあります。派手な打ち上げ花火ではなく、地道に、長く、一歩ずつ歩む覚悟がなければ、この灯りはすぐに消える、とも告げています。
影(八百長・依存・黒い霧のリスク)……皇帝(IV)
警戒すべき影の側に出たのが、皇帝でした。
皇帝は、玉座に座り、支配し、統制するカードです。強い権力、揺るがぬルール、そして管理。
このカードが「影」の位置に出たことには、重い意味があります。賭博がもたらす影、すなわち八百長や依存症を防ぐには、生半可な管理では足りない、という警告です。皇帝級の、鉄壁の統制と監督体制。それがなければ、影は抑えられない。
裏を返せば、皇帝のような強い統制を築けるなら、影は制御下に置ける、ということでもあります。影の位置に「悪魔」や「塔」といった破滅のカードではなく、「皇帝」という統治のカードが出たのは、むしろ救いです。管理は可能だ、ただし本気の管理が要る、と読めます。
行方(今後どう転ぶか)……女帝(III)
そして、この政策の行方に出たのが、女帝でした。
女帝は、豊かさと、実り、そして成熟のカードです。大地から作物が実るように、育てたものが豊かな収穫となって返ってくる。
行方の位置に女帝が出たのは、良い兆しです。正しく育てれば、この構想は実を結ぶ、と読めます。財源という果実が、次世代の球児たちを潤す未来は、あり得るのです。
ただし女帝の実りは、「育てる」ことが前提です。種を蒔き、水をやり、雑草を抜き、時間をかける。放置して勝手に実る果実はありません。丁寧な制度設計と、忍耐強い運用があってこそ、女帝は微笑む。
隠者の理念、皇帝の統制、女帝の実り。三枚は、こう言っているように見えます。理念は正しい。強固な管理を敷けば影は抑えられる。丁寧に育てれば実る。だが、そのどれを欠いても、灯りは消え、実りは腐る。
奇門遁甲で読む|「死門」を避け、「生門」を選べるか
最後に、奇門遁甲の考え方を、この政策の構造に当てはめてみます。実際の盤を細かく立てるのではなく、八門の象意を、政策の岐路を照らす言葉として用いる、という趣向です。
奇門遁甲には、八つの門があります。中でも対照的なのが、「死門」と「生門」です。
死門は、終わり、停滞、そして「金銭にまつわる淀み」を司る門とされます。もし野球くじが、目先の金銭欲、つまり「とにかく財源が欲しい」という思いだけで、拙速に掘られたなら、それは死門をくぐることになります。濁った井戸、依存症の広がり、そして万一の八百長。死門の先には、それらの淀みが待っています。
一方、生門は、始まり、成長、そして「発展的な事業」を司る門です。同じ井戸を掘るのでも、正しい設計と、鉄壁の監督と、収益を本当に次世代へ還す仕組みを備えて掘るなら、それは生門をくぐる。生門の先では、掘った井戸が、未来の球児を育てる泉になります。
死門と生門は、同じ一つの行為の、入り口の違いにすぎません。「野球くじを導入する」という同じ行動が、動機と設計次第で、死門にも生門にもなる。
奇門遁甲が問うているのは、たった一つです。あなたは今、どちらの門をくぐろうとしているのか。
様々な角度から、予想される展開
占術を離れ、現実的に予想される展開を、いくつかの角度から整理します。
財源の角度から。 ここには、冷静に見るべき論点があります。現行のスポーツくじの収益は、JSCを通じて分配される仕組みで、その多くはスポーツ全体の振興にあてられます。仮に野球くじが実現しても、その収益がまるごと野球界に入ってくるとは限りません。制度上、他の競技へ広く分配される可能性が高く、「野球のための井戸を掘ったのに、水は他所へも流れる」という結果になりかねない。財源目的だけで見ると、労力に見合わないという指摘は、根強くあります。ここは、法整備の設計における最大の焦点になるでしょう。
歴史の角度から。 野球界には「黒い霧事件」という深い傷があります。球界自身が賭博の枠組みに関わることへの、心理的・倫理的な抵抗は小さくありません。「非予想系を前提」とするのは、まさにこの歴史への配慮です。予想系を避けることで、選手の関与する余地を断つ。今後、この一線が守られるかどうかが、世論の支持を大きく左右します。
社会の角度から。 ギャンブル依存症への配慮は、避けて通れません。近年、この問題への社会的な視線は厳しさを増しています。青少年保護、購入年齢の制限、依存症対策の財源確保。これらをどれだけ具体的に、そして本気で制度に組み込めるかが問われます。「クリーンな仕組み」という言葉を、標語で終わらせるのか、制度で裏づけるのか。
ファンの角度から。 一方で、期待もあります。くじを通じて試合への関心が高まり、これまで野球を見なかった層が球場に足を運ぶ、という好循環はあり得ます。応援するチームへ収益の一部が還元される仕組みが作れれば、ファンの参加意識は高まります。うまく設計すれば、「見る」から「支える」への転換点になり得るのです。
まとめ
四つの占術は、驚くほど同じ一点を指していました。
梅花易数は、「井」の卦を示し、公共の井戸を掘る志は正しいが、掘り方を誤れば泥水しか出ないと警告しました。数秘術は、くじと球界の傷とが同じ「7」の試練を分かち合っていることを見せ、いま責任の「6」が問われていると告げました。タロットは、理念と統制と実りの三枚を並べ、そのどれを欠いても灯りは消えると示しました。奇門遁甲は、同じ行為が死門にも生門にもなる、と問いかけました。
すべてが、たった一つのことを言っています。
この井戸を掘るかどうかではなく、どう掘るかが、すべてを決める。
「公明正大かつクリーンな仕組み」という言葉は、まだ井戸の設計図の上にしかありません。その言葉が、濁りのない水を汲み上げる本物の井戸になるのか、それとも泥のたまった飲めない井戸になるのか。
それを決めるのは、占いではありません。これから引かれる、一本一本の制度の線です。
井戸を掘る前に、どうか、水脈をよく見定めてほしい。そして掘ったあとは、その井戸を、決して私物化しないでほしい。
井の卦は、最後にこう教えています。良い井戸とは、蓋をせず、誰にでも開かれ、汲めども尽きぬものである、と。
今回使用した占術について
梅花易数(ばいかえきすう)は、その瞬間の年月日時などの数から卦を立てる易占の一派です。動いた爻(動爻)から未来の卦(之卦)へ転じる過程に、変化の方向を読みます。「井」は井戸を表し、公共性と、汲めども尽きぬ恵みを象徴する卦です。
数秘術(すうひじゅつ)は、数を一桁に還元し、その数の性質から意味を読む占術です。「7」は探究と試練、「6」は責任と調和を象徴します。今回は人物ではなく、出来事の年や日付の数を読みました。
タロットは、七十八枚のカードで状況を読む占術です。今回は象徴性の強い大アルカナを用い、政策の「光・影・行方」という三つの側面に一枚ずつを配して読みました。
奇門遁甲(きもんとんこう)は、方位と時刻から吉凶を判じる中国の占術です。八つの門(開・休・生・傷・杜・景・死・驚)にそれぞれ性質があり、今回は「死門」と「生門」の象意を、政策の岐路を照らす言葉として用いました。
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あなたの決断は、どちらの門をくぐりますか
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